これまでに夥しい数の本を読んできた。本棚を埋め尽くす大量の本を眺めながら、よくぞここまで読んだものだなと我ながら思うのだが、どこか物足りない気持ちにもなっている。
というのも、結局はメジャーな国の本ばかり読んでいるからだ。日本文学が圧倒的に多く、次に英米文学、フランス・ドイツ・ロシアを中心としたヨーロッパの文学、そして中国韓国のアジア圏もちらほらあるが、アフリカ文学は? 南米文学は? 中東文学は? 手にしたことすらない。
これだけ読んでいるつもりでも、国の数で言えば全然大したことがない。読書というものは見識を広げるものだと常々思っているが、メジャーな国の本しか漁っていない程度の読書遍歴で、一体僕は何を読んだ気になっているのか。
これでは、世界一周旅行とか言いつつ、メジャーな観光地だけ回る世界一周と同じである。曲がりなりにも世界一周と名乗るのであれば、全ての国に足を踏み入れて然るべきだ。
ということで、世界の全ての国の小説を読んでみることに決めた。これまでに読んだ国の小説もあらためて読んでみようと思う。
というか、全ての国に小説があるのだろうか。小説を手に入れるだけでも一苦労の国もありそうだし、そもそも翻訳されていなければ読むことができない。一応、英語もいけるくちだが、それでも日本語を読むのとは難易度が段違いだ。数ヶ月かかって英語で読み切らねばならない小説なども出てくることだろう。
それでも、やはり、想像される大変さよりも、好奇心の方が上回る。世界中の国の小説を読破した時、僕は言語世界において世界一周の旅を果たしたことになるわけだ。その時、何を思うのか、何を感じるのか、どんな変化があるのか、どんな作品との出会いが待ち受けているのか、今からワクワクしてたまらない。
さあ、さっそく始めていこう。世界中の国の小説を読む挑戦、少なく見積もって10年くらいかかりそうだが、気長に楽しんでいただけたらと思う。
個人的なルール
・長編、短編は問わないが、ちゃんと一冊の本を読み切ること。短編を一つだけ読んで、その国の小説を読んだことにする、というのは無し。
・現代小説でも古典でも可。
・これまでに読んだことのある国の小説も改めて読むこと。ただし、これまでに読んだことのある作家・作品は選ばない。
・多重国籍や移民している作家の場合は、その作家が「どこの国の作家」として扱われているかでどの国の小説かを判断すること。
・作家・作品に敬意を表するためにも可能な限り新品を購入すること。
・読んだらNoteに感想をまとめること。ちゃんと読みました、という証明のため。
・世界地図を使って、読んだ国を色で塗っていくこと。わかりやすく可視化するため。
ナイジェリアの作家、エイモス・チュツオーラの作品『やし酒飲み』
記念すべき一冊目。これまでに読んだことのないアフリカ文学を選んだ。エイモス・チュツオーラというナイジェリア人作家の小説。
あらすじ
「やし酒」というヤシの木からできる酒を飲む以外は何もしていなかった男がいた。ある時、自分専属のやし酒造りの名人が死んでしまい、その死んでしまった名人を復活させるために、死者の町へ向かう旅に出た……、というお話。
チュツオーラは「マジックリアリズム」と呼称されるスタイルで描いている作家だ。
どんなスタイルかと言えば、あたかも神話のように神様を描いているようでありながら、妙に現実的なところもあり、半分神、半分人間のような存在が淡々とかつ面白おかしく描かれている作風だ。
ツッコミをいれたくなるような状況や設定が、特筆すべきことでもないようにあっさり書かれるギャップが面白い。
10歳から毎日やしの木56万本分のやし酒を飲み続けていたり、
子供が親指から産まれてくるがあまりに暴力的な子供だから「チャンスがあったら殺そう」と言ってあっさり殺してしまったり、
頭蓋骨だけの紳士が出てきたり、
全てが真っ赤に染められた村に閉じ込められたり、などなど、
延々と繰り広げられる幻想的かつプリミティヴな世界。
この原始的な感じがアフリカ特有のものなのだろうと思う。
神話、というとどこか神々しかったり清らかなイメージがあるが、アフリカの神話には「恐怖」や「畏怖」という感情が常にちらついている気がする。
神というとどこか守ってくれたり見守ってくれているようなイメージがなんとなくあるが、本作から感じる神の姿は、「与えもするし奪いもする」というある意味では平等な姿な気がする。
ジブリ映画のもののけ姫で「シシガミは生命を与えもするし、奪いもする……」とモロが言っていたが、何か通ずる部分があるような気がしてならない。
神の話はさておき、とにかく本作は延々とチュツオーラの神話的な想像力によって描き出された、喜劇なのか悲劇なのかよくわからない物語なわけだが、次に何が起こるのか全く想像のつかない書き筋が読んでいて面白い。
小説を読んでいると、「こうなるんじゃないか?」という予想が多かれ少なかれついたりするものだが、チュツオーラの物語においては予想できる部分が全くない。何もかもが全て唐突に始まり、唐突に終わる突拍子もない感じが、読んでいて癖になるというか、独特なリズムとグルーヴを生み出している。
自分で感想を書いていて思ったが、そうか、これはチュツオーラの即興演奏的な物語なのか、と得心がいった。これは言葉でありながら、言葉でない、ある種の音楽のようなものなのだ。
その音楽にアフリカ特有の原始的(プリミティヴ)な世界観とチュツオーラのバイオリズムが乗っかって、このような形の物語が誕生したのだ。
第一ヶ国目に、これまで手にしたことのなかったアフリカ文学を選んだのは、我ながら正解だったように思う。やはり踏み込んだことのない領域に入っていくことほど面白い経験はないと、改めて実感できたからだ。
世界中の小説を読み切った時、自分の中で何か特別な境地が開かれる気がしている……。その日まで、世界中の小説を読んでいこう。
次回は、アルジェリアの小説を読む予定でいる。くだらない理由だが、僕にとって「無い」と「在る」はセットなので、「ナイ」ジェリアときたら次は「アル」ジェリアなのである。
同じくアフリカの文学となるが、一体どんな小説が待ち受けているのか。読み切ったら次回を書いていくので、ぜひお楽しみに。
お読みいただき、ありがとうございました。
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